ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

ねむれぬ夜に

どうでもいいことあれこれ考える

この歳になっても モノにならなかった我が人生と…

前向きな思考の持ち主なら こんな夜は無いに違いない

で、昔のことを思ってみた

そう、いつか このことを文にしたいと思っていたんだ…

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2011年3月の姉妹旅行で 母が再婚だったことを初めて知って 驚いたのなんのって

勝気な性格の母は長女、初婚で夢破れ(どんなことがあったんだろう?)

実家に戻っても居場所は無く 満州の兄を頼って大陸へ渡り

そこで父と昭和19年1月15日結婚(父は初婚、7つ歳上)

その年11月16日長男武出産

翌年終戦 逃亡の旅の始まりには すでに身重 

父は出征中だった

 

高校生の時 満州から引揚げた人が書いたものを読んだことと、アンネの日記が、私にとって はじめて戦争を意識した原点

泣けて泣けて…ポタポタ泣きながら読んだ

居るはずだった兄を思って…

 

母からも、父からも詳しい話を聞く機会はないまま見送ってしまった

その悲惨な体験記から 母たちの戦争を想像するのみ

 

当時チンナンポと言われた北朝鮮で 昭和21年2月2日を姉出産

そして長男の死

凍ってうまく掘れない土 そこへ長男を置いて来た母

それでも 生きて帰れたのは、姉がいたからだ

顔に墨を塗り、髪を切り、いろんなことをしたと 一度だけ昔話を聞いたことがある

 

そんな引揚げの中 大事に持って帰った写真があった

かわいい兄の写真一枚 母の生き生きとした青春の写真数枚と当時のハルピン

そして 結婚式の二人の写真 

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たったそれだけしか 持って帰れなかったというのに

兄の写真は 引揚げ者の書類提出時に出さねばならず

(今ならコピーが出来るのに)

母は 泣いていた

 

母は その後もずっと戦争を引きずっていた

父も 目の前で爆発した破片で左乳の下に大きなえぐれた傷があり

時々うなされる夢を見ていた

 

引き揚げてきて 母は父の故郷小浜の田舎へ身を寄せたらしいが長男を亡くした嫁はどんな扱いを受けたのだろうか

長男なのに家を出た父

父の田舎とは 私自身 親族のことは何も知らない

ここまで疎遠になるには推してしかるべし f:id:buunanome:20150513115710j:plain

≪つづく≫

 

 

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