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ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

夜はこわかった

想い出

小学1年の頃 すでに イタイイタイ病水俣病などがの公害病が発生していたらしい

我が武生の町はどうだったか?

 

小学校への道中に 武生の大きな産業の蚊帳の工場があった

話声など聞こえない騒音のなかで操業していた工場からは

鼻をつままないと通れない程の 

くさ~い緑や青の色水が 湯気をたて 流れ出ていた

あれも 処理しない汚水の垂れ流しだったのだろう

それが 普通の 世の中だった

 

家庭ごみは 大きなトラックが回収していっていたが

野菜くずは肥料に、燃えるものは燃やしていた

 

井戸があった

つるべを使っていたのも覚えている

そのうちポンプでくみ上げるようになった

 

大きいタライで洗濯をしていた(もちろん、私も妹たちのおむつ洗いをした)

 

井戸の水は 美味しくて、冷たくて

夏はトマトや瓜やスイカを冷やすのには重宝した

水道を引いたのは 何時だったか…

 

風呂は 板を先に落として使う五右衛門風だった

 

父は 日曜大工仕事は好きだった

井戸からポンプで汲んだ水を樋を使って湯船に入れる工夫をしたり

入り口の戸に 重石と滑車で自動で閉まるようにしたりと

物置小屋みたいな官舎に 手をいれていた

何処か雑で 素人仕事で 母はブツブツ言うこともあったけど

 

一番嬉しかったのは

家の裏に 寄せ集めのもので ちょっとした空間を作ってくれた

 

順番で そこは個人の空間になった

 

子だくさんで プライバシーもない中

一刻の主になれる場所だった

 

薪で風呂を沸かすのは

高学年になると 私の仕事みたいなもんで

雨に濡れないように囲いを作ってくれた

そこで英語の単語など暗記したり

ビートルズを聞きながらの風呂炊きは好きだった

 

小4くらいには かまどでご飯を炊くのが

自慢できるくらい上手だった

火加減難しいとこところが上手く出来ると

一人前みたいで 誇らしい気分

姉がそんなことしている姿 あったっけ?

結構 家のこと手伝っていたと思うのだけど…

 

多分、外で騒いでいた私たちを叱りたかったのか

裁判所の小使いさんから

わが家の井戸は その昔 罪人の首をはねた後

水を使った場所だった

 

と おどろおどろしく言われたことがあった

 

それ以来 その人、苦手になった

 

同じ敷地に

裁判を受ける人が入る 鉄格子のある部屋があった

 

裁判所の裏手の窓も 鉄格子のある高い窓で

大人たちには 近づくなと言われていた

夜 人魂が出るとか、ね…

 

結局意気地がなくて 夜中に行ったこと無かった

 

夜は町でも 不気味で暗かった あの頃は😨

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