ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

母の存在

酒を飲んでいる時の母の姿を見るのは 耐え難い

みじめだ

 

低学年の時に 近くの店へ瓶を持って買いに行かされた

量り売りで

そんなことも 大きくなると抵抗がある

 

いつの頃からか、近所に 飲み仲間のTおばさんができた

Tおじさんは 父と同じタイプで

実直に 油にまみれて仕事をするような人だった

 

Tさんところも 子たくさん

姉や私とも同年齢の子供のいる家庭だが 男の子だったので友達にはなれなかった

 

夜は 夕食が済むと

子供たちを残して 母は おばさんと連れ立って 外で飲むようになった

父は どう思っていたのか 今となっては分からない

 

酔いつぶれた母を 何度となく連れ帰ったらしい

姉が そう言っていた

 

父もまた 敷地内の宿直室へ碁をしに行くか、宿直を代るかして 家にいることはなかった…母と顔を合わせると喧嘩になるから 逃げていたのだろう

 

姉は 家計を助ける為 定時制高校に進学 

昼は北陸電力で仕事 夜は 遅くまで学校から帰らなかった

(母のことから 逃げられる場所だったから)

 

14歳の時 父と母は 妹(6女)を養女に出すことを決めた

そんなに生活が苦しいなんて 思えなかった

当時の私は 両親に腹が立っていた

特に母に

 

毎日 狭い家で 現実と向き合う日々

学校では 我が家の秘密を知られたくなかったから 何だかいつも自分はウソをついているような…居心地の悪さ?なんて表現したらいいのか…モヤモヤしたものがあった

家では わたしが妹を守り 母を何とかしたいと思った

 

自分は 母のようにはなりたくないと思っていた

 

母は 台所のあちこちに 酒を隠すようになった

見つけた父が 酒を捨てるのを見て

私も 母の隠し場所を上手に探せるようになり 見つけたら捨てた

それでも 母は何も言わず また隠しては 飲んでいた

イタチごっこだ

 

朝になっても アルコール臭が消えないくらいに飲み続けることもあった

 

ある夜 母は 飲み足りないのか 家を出ていこうとした

それを止めようと 戸を閉めた時 母の手を挟んでしまった

手から血が出て 私は内心「ワァ~ッ どうしよう」

 

ただ黙って 私の横をすり抜けて行った母

謝ったのかどうか…おぼえていない

けど 

あの時の冷たい(悲しげ?)な 母のまなざし

忘れられない

 

それと前後して

父と喧嘩した後なのか 急に 母が「もう、死んでやる」と

目の前で 何やら飲んで 小さい妹達と一緒に横になったことがあった

「お前は 連れて行かん」と言って…

 

反抗的な態度のわたしに そう言って…

 

わたしは 本気で死ぬのだと思い 父を捜しに行った

悲しくて

やるせなくて

 

結局 妹達はお昼寝で 母が何を飲んだのかは分からない

 

そんな緊張の多い日々ではあったけれど 母が何故酒を飲むのかを考えるには まだまだ幼なかった

 

たまの素面の時の母は 大好き

母も 育児放棄していたわけではない

妹の事守るつもりでも 大したことができたわけではない 

多分 私の知らない所では ちゃんと子供らの事を考えていたのだと思う

(もっと酒におぼれるのは 私たちが家を出た後だから)

 

母の悪いことばっかり書いちゃったけど

この歳になっても 母の手作りの沢庵とバラ寿司、ぜいたく煮などの勝る味は無い

身体の自由が利かなくなるまで 

素面の時の母は 帰省すると いつもバラ寿司を作ってくれた

 

我が子どもたち(孫たち)は おばあちゃんの事を 今でも 大事に思ってくれている

 

母の事を 自分の中でちゃんとしておかないと!との思いで 公開するブログに書くなんて…ね…

 

母 見ているかな

 

こういう縛りが無いと 書けそうもないもんで

ごめんやで!母ちゃん

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