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ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

小学校1年(昭和30年)夏の思い出

一年生の夏休み 母の故郷(宮城県伊具郡丸森町大内)へ子供4人連れて帰った

わたしが生まれた母の実家へ

 

武生から汽車に乗った

向かい合った座席の下 新聞紙を敷き 姉と私が寝た

夜汽車の車窓 今より全然少ない 灯りが流れゆくのをワクワクして見ていた

眠気を誘う 列車の走る音

トンネルが近づくと汽笛が鳴って 

慌てて窓を閉める

鼻の穴 まっくろけ

 

母に起こされ 寝ぼけ眼で見た 朝の東京

「あれ、お化け煙突だよ」

汽車が走るにつれ 1本~4本に見える

すご~い‼

その感動は 今も健在だ  f:id:buunanome:20150723101637j:plain

おばけ煙突って 大正15年1月、東京電燈会社(現在の東京電力)が建設したもので 当時日本最大の火力発電所だったらしい(高さ83.8m、直径4.5m)

 

上野で乗り換え 常磐線

長い 長い列車の旅

相馬からバス グネグネと山道を行き

着いた時は もう真っ暗闇

 

五右衛門風呂 トイレは 母屋から離れていた

大きな目の牛 鶏は自由にその辺を歩いている

近くを流れる川で 水遊び 

川底の石は 茶色の苔で ヌルヌルしで気持ち悪かった

少し離れると そこは 田畑が広がり 夏草の匂い

 

母方の祖父母は健在 長男家族が同居していた 

そんな所に押しかけられて お嫁さんは さぞ迷惑だっただろうな

遊び相手の従妹たちが居たが よく覚えていない

 

2階に 蚕を飼っていた

桑の葉にうごめく蚕は 気味悪かった

 

夏休みのほとんどを そこで過ごした

毎日の絵日記は 変化にとんだ日々で題材に困るはずもなく

田舎の夏休みを 一生分満喫した

 

ある日 北海道の長万部にいた(母の)兄を訪ねると 母が言った

小学一年生のわたし 強情に 「行かない」と言い張ったらしい

(前年9月の 洞爺丸事故が あの頃のわたしに それだけの恐怖心を与えていたことに 我ながら 驚き)

あっさり? 母は わたしを置いて出発した

 

思い返しても 不思議だ

結構 人見知りする方だったけどなぁ…

まわりは みんな知らない人ばかり

そんな所に 断固 残ると言い張ったなんて

いやな子!だね

 

でも 祖父は 残されたわたしに 優しかった

スイカが苦手なわたしには イチジクを

歯が抜けてスカスカだったのわたしに トウモロコシは 粒をばらしてくれた

顔は思い出せないけど 大切な 祖父の思い出

 

田舎の家は 部屋数もあり かくれんぼしても

なかなか見つけてもらえない

座敷童の居そうな 暗い部屋もあった

 

夜は 満天の星

さすがに 夜になると寂しくなる

 

母たちは きっと海に沈んでしまったんだと 想像たくましくして泣いた

不憫に思って 蛍を蚊帳の中に入れてくれた祖父

 

母たちが不在だったのは 一週間くらい? 

3歳の妹が気に入った長万部の兄夫婦に

「ぜひに 置いて行け」と言われたと 母たち3人が戻ってきた

(養女へ出すつもりだったのか? しばらく後 妹は武生に戻った)

 

帰る途中、春日井の親戚宅へ立ち寄る

連れて行ってもらった 名古屋の中村デパートで エスカレーター初体験

足が なかなか前に出せなくて 怖かった

(今でも 時々そう思う事がある)

 

母の故郷は あまりにも遠い

(次に訪れたのは 高校生の時 姉と一緒に行っただけ)

母方の祖父母の思い出は これだけ

父方の祖父母の思い出は おぼろげな葬式の記憶のみ