ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

藤本先生

何の授業だったか忘れてしまったが

当時福井大学におられた藤本文朗先生が、看護学校へ教えに来られていた

ベトちゃんドクちゃんの発達を願う会」代表としても活躍されておられる先生だ

 

当時の先生は いつもせかせか教室に入ってくる

本来の授業は単調で眠くなるものの、いったんスイッチが入ると

脱線話は ものすごく面白く 居眠りなんてとんでもない

前の席の者は 先生の唾の雨を覚悟せねばならない

 

寝癖の残る髪にも 無頓着

靴下の左右が色違いはよくあること

社会の窓が 開いてますよ… と言いたいけど

恥ずかしくて なかなか言い出せない時もあった

 

藤本先生との出会いは その後の進む道に影響大だった

 

当時から 障害を持った子供さん達を支える活動もされていて、日赤奉仕団にも声がかかり わたしも ボランティアとして参加した

 

その時初めて出会った子は 日本脳炎の高熱の後、今でいうなら高次脳機能障害になるのかもしれないが、多動で意思の疎通が難しく まったくどう接していいのか分からなかった

病気の看護は習っても 退院後の社会生活を想像したことがなかった

 

重症心身障害児と言われる子供たちの存在を 戸惑いの気持でしか受けとめられない自分が歯がゆかった

 

先生を通じて 多くの 重度の障害を持った子供たちに出会った

 

日赤奉仕団の活動では 毎週 養護施設へも慰問に行った

看護学生だけではなく 社会人も一緒の活動だった

行けば すぐ小さい子らに囲まれて 遊んだり、勉強を見るのだが

「~してあげる」形のボランティア活動の限界、難しさを痛感…

 

思い切って 3年前の春休み 滋賀県のびわこ学園へ 押しかけ実習に行った

日当を頂けるなんてとんでもない!

手も足も出ないというか、足手まといだったかもしれないのに…

食事介助ひとつ 満足にできなかったから

 

まさか この地に 後に 戻ってくることになろうとは!

それを思うと

不思議だなぁ…  f:id:buunanome:20150904155528j:plain

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