ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

若さ

看護学校は 勧誘に来られた先生の言葉通り 月父からもらった小遣い3000円と

病院でのアルバイトでやりくりできたのだからね、今じゃ考えられない

 

月1度 福井から武生へ帰った

(母は 相変わらずだったけれど)

自分のことで 手一杯のあの頃

当時の妹たちのこと さっぱり記憶にない 

無責任な姉だった

 

23人しかいない同級生、3年間の思い出は語りつくせないほど多いはずだが

出会った患者さんのことほどは 不思議と思い出せない

 

初めに同室の3人

石川から来ていたカッチンは 妙に大人びていて 玄人並みに歌が上手かった

金沢の呉服屋さんへ嫁いだあと 早くにあっち側へ行ってしまったし…

大野から出てきたヤッちんは おしゃれで、一発逆転の夢をもっていて 

卒業後奨学金返還して アメリカへ渡った

Nさん、卒業後数年して会った時は 宗教そのものっていう感じで…

今 同級生との交友はない

 

カッチンとヤッちんは おさげの世間に疎いわたしを よくからかったけど

いざという時の結束は 堅かった

クリスマスの出し物に「帰ってきた酔っ払い」に合わせて コント風に4人で演じた

“くそ真面目な”自分の殻を一つ破れたのは 彼女たちのおかげだ

 

実習はいつも同じ能登からきていたSさん 何を考えているのか、何事も興味なさげで 

初めは ちょっととっつきにくかった 

一緒に回るうち 気にならなくなった

2年の冬休み 彼女から 白樺湖近くのペンションでアルバイトしようと誘われた

 

茅野駅に着いたときは夜明け前 駅のストーブは赤々と燃え 

周りは寝袋で寝ている人たち

始発のバスを待つ間 震えていた

何の計画性もなかった

 

ペンションは スキーをする若い人たちで賑わっていた

働く人も 沖縄からとかあちこちから 

オーナーのご夫婦(奥さんは聾唖のかた)を応援する若い人たちで成り立っているような そんなところ

仕事の合間に 近くの車山へ連れて行ってもらった

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夜は 満天の凍れる星空

キラキラ サラサラの雪

 

凍った漬物樽の氷を割って 取り出してくる野沢漬けのおいしさ!! 

その後 出会ったことがない

 

ここで トンカツの作り方とか おかずの盛り方を教わった

で、翌年冬も 行った

この時Sさんは 京都からバイトに来ていた看護学生の子と仲良くなった

バイトの合間にスキーで骨折した彼女ともう少し居るというので

一人で帰ることになった

白樺湖のバス停に着くと バスは出た後

駅までどのくらいか分からぬまま 予算節約のため

次のバスが来るまで 行けるところまでと歩き出した

冬、天気が良かったから

 

だんだん心細くなってくるが バスは来ない

と、そこへタクシーが!

茅野駅? 良いよ、どうせ帰りの方向や、乗りな」

ホイホイと 乗せてもらった

歩いて行くなんてとんでもない距離だと思いしった

駅まで ちゃんと送ってくれたのに お金も取られなかった

 

今なら 危険だというね、絶対!

 

一緒にペンションで働いた かっこいい男性2人と 東京に行ったら

電話する約束をしていた 

卒業旅行で 東京の日赤本社訪問後

自由時間に 本当に 宿舎に迎えに来てくれた 

銀ブラと 歌声喫茶に連れて行ってくれた

(お姉さんに会う約束があったSさん、地団駄踏んでくやしがった)

この時のお一人から 文通を申し込まれた

そのまま文通していたら…

沖縄の人?

 

その気になれなかったから 今こうしてここに…

 

若かった

何かをする時 

その先にあるものに向かって

突き進んでいける

ホント 若かった

 

1970年3月看護学校卒業 

先輩から引き継がれた伝統の制服を着て父と

この日 初めて父が 私の学校へ来てくれた記念の写真

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