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ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

看という字

手で

目で

対象を よく見る(観察)のだと 初めに教えられました

 

ハンドパワー&眼力

それらの不思議な力  侮られませんね

 

相手にふれて 視線を合わすことで

見えないものが 通じ合うような感覚、ありますよね

でも 看護学生の時は 手を握ることさえ

勇気のいることでした

 

子供さんもまだ小さい 働き盛りのKさん

尿毒症で身体はパンパンに腫れて 苦痛も半端ではない様態でした

訪室しようとしたその時 男泣きしておられるのが外まで聞こえてきて 

入ることが できませんでした

看る以前のことで 苦い記憶です

 

昔 病院の時間は 治療法が限られていたことも大きいのでしょうか、今よりゆっくり流れていた気がします

卒業した頃でさえ 大量皮下注射で補液していました 

この時は二人の看護婦で 熱いタオルで吸収を促すので付きっきりです

 

清拭、洗髪など 直に患者さんへのケアをした時が

職務を果たしていると思えたものです

 

バイタル測定も 患者さんと話しながら 水銀体温計が上がるのを待ちます

「看る」ことに重点を置くと

仕事が遅いと 言われもしました

 

カメキチが入院の時は カルテも電子化され 昔より せかせかと仕事に追われるているようでした

 

医療機器、医療用消耗品(酒精綿、綿球、ガーゼなどなど)は中央材料室で消毒

学生の手術室実習のおおかたは この材料つくりでした

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後に県立病院勤務になった時 ほとんど使い捨てることに びっくりしました

さすが~県立はお金があるんだなぁ~独立採算の日赤とは違うとね

 

そうそう、初めての手術室実習

外科の部長は機嫌が悪いと メスが飛ぶという先輩からの言葉に 

緊張して ガチガチでした

その前の 内科外来の シャキシャキ婦長に 

「あなた!落ち着きないわよ」と言われていたので 

手は しっかり前に組んで 臨みました

緊張すると 手がアチコチ動いてしまうのです

(自信のなさが 態度に出ることを ズバリ指摘されていたのです)

 

ふだんは動じることのない相棒でしたが 

この時は ドラマであるように 術野を見て貧血で 即退場

幸い、部長のご機嫌麗しく 

術野の中まで 見せていただきました

ピンク色の きれいな肺にぴくぴく動いている心臓も!

 

人間の健康な臓器は きれい!が 印象に残りました

でも てきぱき 医師の必要な器具を次々手渡す看護師は 

自分には無理だと 分かった実習です

 

***話が アチコチとびますが ごめんなさい***

わたしが 初めて死んだ人に触れたのは解剖見学時です

めったにない解剖がある時は どこの実習場にいても 

一度は見学することになっていたのでしょう、きっと

昼前に 突然の呼び出しで集合

 

なぜ亡くなられたかとか そんな前置きもなく、いきなりでした

呆然とするなかの立ち合いでした

 

足元のほうに居たので 何をされているのかは全然見えません

黄疸症状が どす黒い色になって残る ご遺体でした

 

この場にいるのが 申し訳ないような気持ちで そっと足に触れてみたのです

「冷たい・・・」

これが 「死」なんだと 実感しました

 

みんな 声もなく そのまま昼食時間になり 寮の食堂へ 

その日のメニューがカレーでした 誰も 食べられませんでした

 

そんなこんなで卒業して

わたしの 看護婦デビューは 第一希望が通り 

憧れの医師のおられる胸部外科(と言っても 実質は結核病棟)勤務になったのです

第2希望は 小児科でした

 

トーマス・マン、V.E.フランクル北杜夫などの本を勧めてくださった

憧れのDrと同じ職場で 仕事できるというだけで 前途洋々の気分

結核の感染?

まったく 頭の中にありませんでした!

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