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ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

無駄なことなど 無い

「聞いてなかった」と言えるはずもなし

入院中の子供たちは 病院の特殊性もあり それまで出会ったことのない先天性の身体的な奇形を持つ子供たち

完全看護なので 親の付き添いはなく 面会時間が終わるとき 

後ろ髪をひかれながら 親は帰っていく

正直、その頃の自分は 

親の その悲しみにどれだけ寄り添えられていたか 心もとない

とにかく 目の前の子供たちに向き合うことで手一杯

 

人見知りするわたし 

当初 誰もが自分より有能に見えていた

 

5月 青森から来た同僚から 恵那をハイキングしようと誘われた

同僚4人 緑深い山道を歩くうち みんな、自分と同じだなと

それからかな、仕事は慣れないことばかりだったけど 楽しかった

 

二分脊椎症の女の子と、先天性横隔膜ヘルニアの男の子

どちらも1歳前の乳児で ものすご~く可愛いい

いつもペアで 遊んでいて 病棟の人気者

二人とも 手術を控えていた 

大人と違うところは 悲観もせず、不安もなく

いつも笑顔、そんな子供たちと一緒に仕事をできて楽しいはずがない

確かに 持って生まれたその奇形が その後の人生に大きな影響を与えるにしても、手術の成功を心から願っていた

 

「遠山の金さん」とひそかにニッネームをつけた私のお気に入りの男の子先天性横隔膜ヘルニアの大手術の日 

術後集中ケア担当に当たった

新人の時の失敗をするまいと 必死にバイタルチェックした

その記憶は いまだに生々しい

 

多指症の乳児もいた

水頭症のおおきな頭はガラス細工でできているようで 最初抱くにもこわごわだった

どの子も みんな 可愛かった

鎖肛の赤ちゃん、毎回二人がかりで洗腸をして うんちまみれになったなぁ

そけいヘルニアの手術が 簡単に思えるほど 重度の子どもたちが多かったが 手術して回復すると 退院や転院するので その後の経過を知ることはなかった

 

小さい子の採血は 大変!

暴れる子どもの固定が むつかしい

注射器で採血できない時も多く 針を刺し 先からぽたぽた出る血を容器に受ける

あまり時間がかかると 溶血し、データーに影響するので緊張する

 

採血や注射、髄液を採取するとき 介助する看護婦次第?

如何にDrが 上手に手技を行えるか 

泣き叫ぶ子どもの苦痛が短くて済むには どこをどう固定するがいいのか 

なんて 思いながらの日々

 

乳児だけではない

脊椎側弯症で手術を受けた後 長期にわたりベッド上安静を余儀なくされるのだが つらい長期入院の思春期の子たちもいた

 

初めてのことばかりの毎日

貴重な経験をさせてもらう日々

今振り返ると 

この1年 後の自分に 影響大だったと分かる

無駄なことなんて ほんと、無いって 今は断言できる

 

充実した日々とは言え 寮との往復

仕事に慣れるにつれ

当初の希望とは違う配属先で このままやっていく?

もやもやした気持ちが 再び大きくなりだす

 

中京大学を夜勤専門で 卒業した経歴をもつ

わが勤務先の婦長にも 悩みを聞いてもらった

 

話を聞いてもらいながら 自分の気持が見えた

福祉、心理学に興味があること、もっと勉強したいと!

 

高校卒業して もう4年半になろうという秋

ちょうど今頃の季節~金木犀の香りがしていた~

決心したのだ 大学へ行こう!

 

名古屋市内にある日本福祉大学Ⅱ部と、中京大学の下見に出かけた

中京大学前で 「お茶しない?」と男子学生に声かけられたのを幸い、大学のことを聞いた。何しろ相手は年下だから 臆することもない

ここは昼間しか通えない

わが婦長は すごい!夜勤専門なんて、自分には無理…

それに話を聞いた学生には悪いが、チャラ男に見えちゃったから

日本福祉大に決めた

入学金も、授業料も何とかなりそう

 

早速 勉強机を買った

それから 受験勉強を始めた

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