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ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

福井病院②

想い出

勤めたばかりで 病院の内情など 全く分からないわたしに声をかけてきたというのも 先のT先生の件と、福祉大卒業(アカの学校と言われていたそうな)と無縁ではなさそう

なにがしかの戦力になるとの 思惑があったのだろう

当時 そんな風に利用されているという自覚もないまま

集まりへ誘われ 時には 子連れで出た

同僚と いい関係でいたかったし

話の内容は 確かに正論で 反論できない…

裏でね、そのT先生属する政党が後押ししていたらしいと気づいたときは

よくわからないまま 組合の役員、はぁ~?

団体交渉?へぇ~?

組合委員長も 私同様 祭り上げられた感じで まだ若い理学療法士

彼も 理想的な職場を願っての交渉だと信じて 

必死で訴えていたのが かえって痛々しいと感じたほど

仕事は 人一倍真面目にしていても 

反組合の立場の同僚が ひとり

Drにべたべた、へんにおもねる年下の彼女の 陰での嫌がらせ

空気がね、微妙に変わっていくのって 感じるんだよね

あからさまに

病院にたてついているような輩と言う感じで 敬遠されていく 

 

つらい時期だった

良いDrだと 思っていたのに

だんだんと 避けられている感じ

そんな時 

患者さんに 支えてもらったから 仕事が続けられたんだ

 

交渉の後 ある程度の待遇改善されたころに

わたしの妊娠、切迫早産、出産で 組合と離れていき

あの理学療法も 結局 居づらくなり退職

中心的なTさんも辞めて うやむやになっていった

それから そういうことには 距離をおきたいと 思うようになった

正論を振りかざす人って 苦手だな

 

次女の出産前の日まで 大きいお腹をかかえ 仕事をしていた

何かの記念式典があり 体育館に大勢集まっていて

体育館の時計を見ながら 

陣痛の間隔を計り 帰宅後 急いで風呂へ行き

準備万端整え 長女を実家へ預け

歩いて病院へ 真夜中に出産した

 

産休明け 職場も混合病棟に変わり ホッとした

あの冷た~い視線、いやや

 

この間 つれあいもまた 悶々とした日々だった

結局 福祉関係の仕事は無く

4月から カネタ金物で 板金を扱う労働者になった

造園に興味があり 面接に行ったが 向いてないと言われたんだって…

 

(こんなはずじゃなかったのに…)と ずっ~と後悔していたと思うな

 

だからね、

福井へ連れ帰ったこと 長く負い目に感じていた

 

できるだけ、気を引き立てるように 

貯金はたいて 車の免許も取ってもらった 

翌年4月 安部書店へ転職

 

次女が 10月に生まれたのに 

「佛教大学」の通信学部で 教員資格を取りたいと言い出した時も

あえて 反対はできなかった、というわけ

 

この先 どうなるかより つれあいの将来のほうが 大事だった

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