ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

こどもが小さい頃は 海水浴

昨年鳥羽へ子供たち家族と鳥羽へ行った折 

婿殿も娘たちもいるから 何とかなるかなと

怪我して初めて 海水パンツで泳ごうとしたつれあいが

海水に足が浸かるだけで

チクチク痛いと 泳ぐどころか、中へ入ることも出来なかった

もともと、船乗りを目指した彼は

家族で海水浴へ行っても

自分だけ すいすいと沖まで泳いでいったきりの人だっただけに

その現実を受け入れるのは さぞかし、悔しかっただろうな

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私がこどもの頃も 夏休みに

海の民宿に1泊した記憶が 一度ならずある

その時の 父は ふんどし姿

 

わが夫と同じで 自分だけ すいすいと沖の方へ行ってしまう

母は シミーズのまま海に入っていたっけ?

いつも愚痴ってばかりの母も この時は笑顔だったな

 

日本海へ まるで溶けていくように 沈んでいく大きな夕日 

それを見ながら 背中を見せて立つ父の姿

それは 海水浴の、私の大切な思い出のワンシーン

 

だから 我が子どもたちと海水浴に行くときは

1泊するのが あたりまえかなと思っていた

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私にとって 海は 越前海岸沿いの海水浴場

小学校の臨海学校で行った杉津も 海の底まで見えるきれいな遠浅だった

 

1975/7/27~28

父母も一緒に 赤崎海水浴場へ長女(1歳9か月)初めての海

f:id:buunanome:20160731102526g:plain白い砂浜が美しい海水浴場、ビーチは遠浅

1977/8/7 福井へ帰省時 浜地海水浴場

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1981/7/22~23  三方郡美浜町早瀬 

f:id:buunanome:20160731105537j:plain ネットで調べたら まだ現役民宿だった 『はし彦』

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1983/夏  菅浜海水浴場1泊

目の前というキャッチフレーズと宿泊料につられて行った『たけだ旅館』

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でも やっぱりこっちが良かったと 1984年夏は 早瀬の『はし彦』へ宿泊

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ここ早瀬へは 車で移動することに慣れてからは 日帰りで1988年にも

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~ちょっと戻って~

1986/7/27~28

太平洋側の海水浴はどう?と行ったのが 伊勢志摩相差海岸 『魚萬』(もう営業していないみたい)

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パソコンの中の写真の娘たち、その頃が懐かしく よみがえってくる

 

1989/7/25~26

日の岬・煙樹海岸

f:id:buunanome:20160731113608j:plain日の岬国民宿舎よりの展望

15歳になる長女は 水着になるのを嫌がり 楽しめなくて…

11歳の次女は 宿の押し入れで運動会するネズミのことが 今でも怖かったと言う

8歳の3女だけ 海岸でしたバーベキューや海水浴を 一番楽しんだのではないかな

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私たちが泊まった時は ヌルヌルとした温泉だったはず…

あの感触が忘れられないのだけど 今はただの展望風呂とか???

f:id:buunanome:20160731115834j:plain 帰りに走った 煙樹海岸の太平洋の海の風景も忘れがたい

この海水浴を最後に 泊りがけで行く海水浴の旅は無くなり 

キャンプや上高地などへの山の方へ変化していった

 

最後は 1994年 父80歳の時 帰省時に行った三国海水浴場でのスナップ

f:id:buunanome:20160731121013j:plain父もつれあいも 泳ぐの大好き人間だった