ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

こころの中で生きているこども達のこと①

もともと ここでは自分の両親のことや 仕事で出会った忘れがたい人々のことを書いておきたいと思って 書き始め、やっとここにたどり着けた

 

大津日赤勤務中は 自分も子育て真っ最中

勤務先は 小児科病棟

いったん白衣を脱げば 職場のことをクヨクヨ悩む間もない生活

そんな中でも この子たちのことは きっと生涯忘れちゃいけないな、と思う事も多かった

 

当時の竹下小児科部長が 長期療養する子供らの為に 院内学級に理解があり、慢性疾患の子らは 近隣小学校からくる先生の授業を別棟で受け、部屋から出られない子らには 個別に出張授業がなされていた

保母さんも1名勤務

ひとつの病棟のなか 個室(付き添いあり)と 慢性疾患の大部屋(親の付き添いは無し)と 詰所からはガラスで丸見えの未熟児室(保育器が5台くらいあったかな、そちらはガウンテクニックして入室する)というような3つから構成され 勤務もその日によって変わる

わたしは 人とかかわりの少ない未熟児室が 好きだった

 

苦手は 大部屋のわんぱく達

長期にわたる慢性疾患の子らは 親と離れて寂しいだろうと思って 接していると 足元を見透かされてしまう

人生経験豊かなつわものぞろいが多い

入退院を繰り返す子

個々各様に 食事制限があり おやつ管理も大変

 

一度 ひとりの男の子(小3または4?)のあまりの態度に 

してはいけないと あんなに自制していたのに 

手をあげたことがある

今なら 虐待と言われるかも、ね

 

今 同年齢の孫が まさに同じような口答えを 親や私らにしている 

ほほえましく 思える時もある

 

が 当時 男の子に対してどう接したらいいのか分からず 

こどもの言葉をそのままに受け取るだけの入れ物のちっこい自分 

対等?(同レベル?)に ケンカしてしまった

おやつのことだったか安静時間のことだったか…

ネフローゼ疾患でもう3年近くの病院生活

安静と塩分制限されていたのに 守ってくれないと…

 

叱った後 ものすごい自己嫌悪

看護婦失格!続けられない…と

休日だった婦長へ報告しなくては、と思った 

 

電話で自分の失態を話すうち 泣けてきた 

婦長が何を言ったか はっきり覚えていない

してしまったことはしかたがない、あとはどうすればよいのか考えるように言われたと思う 

 

安静時間で カーテンの閉められた部屋

ベッドで休んでいる その子のところへ行き

手をあげたことを謝った

自分の気持ち(してはいけないと思う事など)も そのまま話をした

黙って その子も聞いてくれた 

 

その後 関係は良好❕とまでは いかなかったが

悪ふざけは 少なくなった

 

当時の自分 こころに余裕がなかった 

その子の抱える いろんな気持ちを思いやることも ぜんぜんできてなかった

 

今なら…今なら分かるっていう事が 何てたくさんあるのだろう

こうして 昔を思い出していると

自分の人生の 恥ずかしいところがたくさん出てくるのが 情けないなぁと つくづく思う

 

その男の子の名前が そこまで出てきているのに思い出せない

でも 顔はおぼろげだけど 浮かんでくる

当時の様子も はっきりと

確か 高学年になって 退院できたはずだ

 

病棟が建て替えられる前 私は辞めた

現在の小児科は 小児救急医療と新生児医療のふたつの大きな柱を持ちながら、アレルギー疾患、神経疾患、血液・悪性腫瘍疾患、小児循環器、腎疾患や代謝・内分泌疾患など、それぞれ専門外来をひらき、種々の小児疾患に幅広く対応している…らしい

血液・悪性腫瘍、外傷後や脳症後の後遺症やネフローゼ症候群どの長期療養が必要な小児に対しては、併設の滋賀県立守山養護学校大津分校に通学していただいており入院環境や教育面でも十分に配慮している…とホームページで紹介されている 

乳児院へ勤務中 入所している子どもの入院時 

家族の立場で 子どもに付き添った 

わたしには 本当に思い入れのある病院でもある

 

***ハァ…一番嫌なこと書けたよ

とはいえ、まだ嫌なこともいっぱいあるし

なかなか 書く行為もエネルギーが要るだね

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