ブナ日記

ブナの木が大好き!ブウブウ文句も言ってます、てなことで ブログではブナと名のってます。カメキチのつれです。これは 私的備忘録です。

理想の死、などない…

 

『ありのままの最期 末期がんの‟看取り医師”死までの450日』録画の後半を見ました

 

コメントをいただいた限りでは 見られなかった方がほとんどなのですね

 

(始まりは2年前の12月。末期のすい臓がんで余命わずかと宣告された医師がいると聞き、取材に向かった。田中雅博さん(当時69)。医師として、僧侶として終末期の患者に穏やかな死を迎えさせてきた「看取りのスペシャリスト」だ。これまで千人以上を看取った田中さんの「究極の理想の死」を記録しようと始めた撮影。しかし、次々と想定外の出来事が…。看取りのスペシャリストが見せてくれたありのままの最期、450日の記録)

という番組でした

 

わたしは 推理小説も好きですが 職業として選んだ仕事がNsだったので 人の死について素通りできず そちらの本も借り出すことが多いほうです

 

で、この番組、最後は焼き場でお骨になられた姿で 終わっています

 

ご本人が 望まれた「死」のかたちでは 無かったのだろうなぁ、と そんな気がします

 

同じく医師で 僧侶の妻である想いが 

ご主人の「死」を最後の最後まで受け入れられなかったから 

苦しまれながらも 妻の為に この世に踏みとどまれていたのかな

…そんな気がしてしまうのです

最後のお顔は 安らかでした

 

確かに「ありのまま」の姿を 撮影させた家族も

撮影スタッフの戸惑いも ありのまま、だった感がします

見ていたわたしも 引きずりそうな思いが残ります

 

良いとか、悪いとか、そういう事ではなく

人間は ひとりでは「死」ねない

それは孤独になくなられる方も同じで 死後誰かのお世話にならざるを得ないのだし…

 

ただ 番組の中で いざという時の意思を 息子さんの前で 点滴中の車いすの男性が医師に問いかけられる場面が 気になりました

その方は 呼吸器をつけてでも延命を希望する、と確かに答えておられたのですが

そういうことを ああいう雰囲気の中で(場所、各人の立ち位置、空気感など)

さあ、答えて!という聞き方は ちょっと…違和感が…

 

ふだんから 自分もつれあいも 

過度の医療や延命は望まないと、

娘たちには伝え、その時のことを 結構意識しています

一度はあちらへ逝きかけた経験は 考え続けるいい機会でもありました

 

が 大方の人は いざ我が身に起きるまで 

遠いことだとしか思えないのが普通じゃないかと

 

その時になって 問われても 

それがどういう事を意味するのか 

番組の中の人は理解されていたのだろうか、と思うからです

 

「看取りのスペシャリスト」というのは ご本人の意思に関係なくつけられたのでしょうが 長年 そういう仕事につかれ 多くの方を看取ってこられたご夫妻であっても 人の死は かくもいろいろあるのだということですね

 

先人の「死」から 学べ

確かに 田中雅博さんは 撮影される時に 言っておられました

 

だから わたしも 学ばなきゃ、と 

ど~~んと胸に残るものを感じながら思ったことです

また いつか再放送があるのでは、そんな番組でした

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